2012年1月8日

3 四十年前の原発批判と日本の方向

東日本大震災の後、揺れや津波の被害だけの地域は復旧することができますが、放射能で汚染された地域では人が住めなくなり、一見すると普通の田畑であっても作物を育てることができなくなりました。1973年刊行のE.F.シューマッハー『スモール イズ ビューティフル』は石油危機を予言したと言われますが、化石燃料の代わりとして原子力を利用することにも強く反対し、本の中で今の福島のような深刻な事態を予測していました。

原子力発電が世界で始められる大きなきっかけとなったのは1953年の米アイゼンハワー大統領による「原子力の平和利用」の提唱です。日本ではその翌年に原子力関連の予算が組まれています。その後、特に原子力利用を促した要因には70年代の二度の石油危機と地球温暖化問題などがあり、これまでアメリカや日本、フランスなどでは火力発電の代わりとして原子力発電が推進されてきました。

『スモール イズ ビューティフル』では環境問題の一つとして放射能汚染が取り上げられており、最も重大な環境問題の原因になるとして原子力の利用を批判しています。化石燃料の代わりに原子力を使うことは「燃料問題を解決しようとして、恐るべき規模の環境問題、生態系の問題を作り出す」ということです。使われなくなった原子炉は「一番大きい廃棄物」であり、被ばくによる子孫への悪影響に加え、放射性廃棄物の捨て場がないこと、放射能を自分たちでコントロールできなくなることを「新しい「次元」の危険」と言っています。また、原子爆弾のような兵器でないとしても放射性物質を扱うこと自体を問題視しており、むしろ「採算性」にしか目を向けずに「平和利用」として原子力を扱うことのほうがはるかに危険が大きいと述べています。
シューマッハーが提案しているのは「永続的な経済学」であり、「自然という資本」の中でも「石炭、石油のような再生不能の燃料」ではなく「薪や水力のような再生可能な燃料」を使うべきだとはっきり述べています。彼にとって原子力利用の否定は経済成長の否定ではなく、問題は「研究の方向」であり、必要なのは「人間の背丈に合わせる方向」、「暴力ではなく非暴力、自然界を敵にまわすのではなく友とする協力関係」を目指すという「方向」です。「現代人は自然との戦いなどというばかげたことを口にするが、その戦いに勝てば、自然の一部である人間が実は敗れることを忘れている」として、自然環境への影響を考えない経済のあり方を批判しています。

シューマッハーは福島どころか86年のチェルノブイリ、79年のスリーマイル島での原発事故が起こるよりも前から原発の危険性を訴え、再生可能エネルギーの利用を提唱していました。今この本を読んで一番実感が得られるのは日本人です。ただ、実際にはいまだに原発の「安全性」や「技術」を重視し、「世界トップレベルの安全技術」として海外への原発輸出を(地震国であるトルコにも)やめていません。震災が起こるまで中部電力のテレビCMで「クリーンなエネルギー」として原発をPRしていた経済評論家は、何事もなかったように今もテレビで経済のコメントをしています。個人的に怒れたのは、一緒にCM出演していたタレント弁護士が事故発生のたった十日ほど後に大相撲解雇問題の弁護士として出てきたことですが。
日本は世界で唯一の戦争による被爆国であり、原発による被爆も経験しました。これからは「平和利用」も含めた「核」の廃絶を目指すべきだと思います。


E.F.シューマッハー 『スモール イズ ビューティフル―人間中心の経済学―』 小島慶三・酒井懋訳、講談社、1986年

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